京つう

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2007年04月30日

約45センチの鯛の浜焼きです。

なぜ鯛?

なのかは明日アップするとして、
広島の尾道から今日届きました。

当家が尾道にて稽古場を持つようになって60余年経ちますが、
そのお弟子様方の中でも古くから習って下さってます、
M様からの贈り物です。

ご自身は勿論の事、亡きご主人様・息子様・またお孫様と、
M家の皆様は当家のお弟子様でいて下さいます。

有り難い事です。

昔は皆様代々謡や仕舞を習って礼儀作法・道徳など、
教養を身につけて日々の暮らしを豊かにして下さってたのですが…。

まあ繰り言はこのぐらいにしてその大事なお弟子様である、
M様からの贈り物です。

明日大事にお祝いの席にて飾りいただかさせていただきます。

本当にありがとうございます。



追記:
連休2日目、今日は昨日に比べると随分楽な配役だったので、
昨日に比べるとまだマシです。

これからまたお礼状などの手紙書きです。

30人以上あります…。

いつ書き終わるやろか…。(泣)

  


Posted by 吉田 篤史  at 18:08Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月29日

紅白段三ツ盛亀甲ニ雲文様厚板

『紅白段 三ツ盛亀甲ニ 雲文様 厚板』
(こうはくだん みつもりぎっこうに くももんよう あついた)

厚板とは着付の種類の事で、唐織地など厚めの衣装で、
半着付と下まである普通の分と存在します。

これは上部分しかありません。

つまりこれを使用する際には袴にあたる衣装を下に穿きます。

三ツ盛亀甲とは六角形の亀甲柄が三つ盛ってある事です。

文様とは柄の事です。

これは35年ほど前父が修行を終えて独立披露の会にて、
能『石橋』(しゃっきょう)を被く際に作りました。

以後35年使いに使っていますからだいぶ傷んできています。

ですが父の思い出の品ですから丁寧に直して、
これからも大事に使用していきます。



追記:連休1日目。

なんとか終了です。

これから帰って今度は明日の勉強です。

すでに欠伸がとまりません。(泣)

  


Posted by 吉田 篤史  at 19:06Comments(0)装束類(和物全般に含む)

2007年04月28日

湊川神社


湊川神社神能殿の地図はこちら
今日は神戸の湊川神社神能殿(中央区多聞通3丁目1)で、
井上同門定期会でした。

この湊川神社神能殿はほかの舞楽殿や神能殿に比べ、
物凄く立派で完全な能楽堂仕立てになっております。

この神能殿を建てるにあたり、
観世流の能楽師や鹿島建設の力がなければ、
建つ事は叶わなかったと思います。

では、なぜ観世流が?

なぜ鹿島建設が?

という事を説明いたします。


湊川神社の御祭神は楠木正成公(大楠公)です。

能楽の始祖は観阿弥・世阿弥です。


生家は伊賀の服部家です。(あの伊賀の服部家です。)

観阿弥の母上は大楠公の妹でした。

勿論当時伏せられていました…。

この事は観阿弥の祖父家にあたる上島家の古文書、
『観世福田系図』によって明らかになりました。

ですが観世福田系図は改竄された物として発見された当時は、
歴史上受け入れられなかったのですが、
播磨の名門永富家の古文書によって意見が覆りました。

永富家は鹿島建設創始者、故鹿島守之助の生家で、
何十代も前の永富恵仁が観阿弥の父服部元就と兄弟でした。

こういった縁戚関係から湊川神社の神能殿を建てるにあたり、
尽力をつくされたわけです。


皆様も血縁を大切にしていきましょう!(笑)  


Posted by 吉田 篤史  at 16:56Comments(0)能楽の話

2007年04月27日

無事?終了

やっとちょっと時間できました。

今日は1日頭の中は『稽古』でいっぱいです。

久しぶりに若師にお稽古つけてもらいました。

シテ(主役)の稽古は昨年の11月以来です。

今年は上半期にシテは尾道薪能だけで下半期に集中しています。

おかげでブログや日記など、
いろいろ新しい事に挑戦する事ができました。

だけどこれからは舞台シーズン、12月まで舞台は続きます。

頑張らなくては…。

やりだした以上いろいろな事全てやっていきたいし…。

若師にお稽古つけてもらうと常に思う事ですが、
自分の芸の未熟さ・稽古不足を痛感します。

いかにいろいろな事しながら自分の稽古の時間を作っていくか…。

そしてその中で健康に気を使い、
食生活を考え睡眠をちゃんと取る…。

課題は多くバランスをとるのが難しいです。

とりあえずまずは体力作りです。

昨年の入院以降異常なほど体力が落ちていて、
今日もバテバテでした。

睡眠ちゃんと取ってゴールデンウイークの舞台乗り切ったら、
ちょっとは体力戻ってくるかな?

といい乍明日の舞台の勉強が残っています。(泣)

どう考えてもオーバーワークです(泣)。

勿論5月に休日は存在しません…。(泣)

ってか、今年どころか昨年1年間を考えても、
まともに1日も休みなんてとった事ないですが…。(苦笑)
  


Posted by 吉田 篤史  at 23:05Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月26日

津久間さん



津久間の地図はこちら
4年前岐阜の大垣にはお弟子様が、
大叔母を含め3人しかいらっしゃいませんでした。

危惧した大叔母が義息子様(私は叔父と呼んでいる)に相談され、
叔父様に連れられ叔父様のお知り合いの方々に、
挨拶に廻りました。

それが現在岐阜県内にて個人稽古18人・
カルチャー13人の発端です。

その時叔父にゆわれた事ですが全ての方々に礼節をもつ事・
何より御礼状を書く事を教えられました。

せっかくなら和紙に筆で書こうと思い、
現在もお世話になった方には御礼状を書いています。

ところが!

御礼状の為に年間1000枚ぐらい便箋が必要で、
和紙だと結構な額になってしまいます。

そこで同じく京都の親戚であり、
吉田嘉謡社(お弟子様の会名)の幹事長の奥様に相談し、
紙屋さんの『津久間』さん(新町旧花屋町下ル)
に相談に行きました。

そしたら年間それだけ便箋が必要ならば特製の半紙を半分に裁断し、
その半紙に便箋の線を印刷したら?
と言われて現在その便箋を使わさせていただいてます。

また葉書もお安く取り扱ってられるので利用させてもらってます。

是非皆様も1度覗いてみて下さいね!  


Posted by 吉田 篤史  at 18:24Comments(0)好きな物・店

2007年04月26日

京都⇔神戸

朝起きたら熱っぽい…。

しんどい、ともゆうてられないので、
バタバタと用意して出かけました。

今日は神戸です。

前は株主優待券を金券ショップはしごして探したりしてたのに、
今はそんな余裕もなかったのでラガールカードで行きました。

私は神戸が大好きです。

街が洗練されていて海あり山あり、ほんと羨ましい街です。

いつも神戸へ行くとちょっとはゆっくりするのですが、
そんな余裕は今の私にはありません。

今日は28日(土)の申し合わせ(リハーサル)です。

行きの電車の中も最後の足掻きで演目の覚え直しです。

なんとか無事?に申し合わせも終わり、すぐにUターン。

京都に戻って津久間(紙屋)さんに寄って、
これから下京区の新町旧花屋町西入ルの稽古場です。

これから数人お弟子様の稽古です。

今日は遅い時間に稽古お越しになる方が3人お休みなので、
19:00には終わるかな?

明日は若師にお稽古つけてもらうから帰ったら真面目に勉強です。

まだ覚えきれてません。(泣)

お尻は火がつくどころか燃えまくってます。

息つく暇は6月まではなさそうで毎日毎日仕事仕事です。(笑)

頑張ります!  


Posted by 吉田 篤史  at 14:14Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月25日

和歌山⇒京都



ちひろの地図はこちら

ーつづきー

和歌山駅着きました。

ここから徒歩7分の場所にある、
割烹『ちひろ』に向かいました。

着くと社長までいらっしゃいました。

1時間遅れなのに…。(ほんますいません)

社長は大学の先輩で先日同志社校友会和歌山支部の総会にて、
お会いさせていただきお声かけていただいて、
今日の打ち合わせと相成ったわけです。

ちひろでの企画講演の話です。

5月29日(火)12:00〜14:00、
ちひろ特製の料理を頂いててもらい、
能楽をご存知ない方に楽しんでもらえる内容で本決まりしました。

来月頭には『近々の舞台予定』等で詳しい情報を更新しますので、
お近くの方は是非お越し下さいね!

チラシ等細々とした事も決めて社長に送ってもらい和歌山へ!

着くと何故か中途半端な時間なのに特急電車が止まっています。

あれ?

駅員に聞くと人身事故!

乗れるがな!と思いみどりの窓口で切符取ってると、

『発車します!』

のアナウンス。(泣)

駅員に電車止めてもらい何とか乗り込みました。

ところが!

前の電車が詰まっている為全然進みません。(泣)

いつ帰れるの?(泣)  


Posted by 吉田 篤史  at 16:01Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月25日

京都⇒和歌山

今和歌山からの電車の中です。

今日は朝から予定むちゃくちゃです。

和歌山に12:00までに着ける電車を携帯電話で調べて、
向日町9:42に乗りました。

大阪で乗換えて天王寺で乗換えて和歌山へ向かうコースでした。

在来線で和歌山行くのは久しぶりです。

大阪から乗る時快速となっていたので、
この電車が紀州路快速だと思っていました。

そして携帯を触っていたので周りの景色見ていませんでした。

20分程進んでふとアナウンスが気になりました。

『次は法隆寺、法隆寺!』





な、なんですと〜!

私のようなボンクラでも気づきます。

法隆寺がどこにあるのか…。

どうやら快速は快速でも大和路快速に乗ってたようです。(泣)

飛び降りてまた時間調べ直すと丸1時間遅れ…!

和歌山で会う約束をしていた先方に連絡し、
天王寺に戻ったら今度は和歌山に行くホームがわかりません。(泣)

天王寺駅から和歌山へは時間や電車によりホームが変わるらしく、
ウロウロ…。(泣)

挙げ句に今までの行程でトイレには行きたいし…。(泣)

今日朝に雨が降っていたので歩きにくい雨下駄です。

トイレとホームを探して走りまくり…。

何とか乗れました。  


Posted by 吉田 篤史  at 15:16Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月24日

岐阜⇒京都

これから京都帰ります。

昨日丸1日大垣でお弟子様を稽古して、
夜は大垣吉田嘉謡社(私のお弟子様のグループ名)の幹事長と、
今後のいろいろな雑務の相談をしながら会食です。

飲めないお酒を2日連続で飲んでグデングデンです。

結局幹事長にタクシーチケットを出してもらい、
大垣から岐阜駅前のダイワロイネットホテルまでタクシーです。

チケットとはいえ5000円越えてました。

ほんますいません。

またありがとうございます。

でホテル着いたらバタンキュー状態で朝起きたら着物が!
ガーン!

更に袴が!

ガーン!ガーン!

くちゃくちゃでした。(泣)

急いで畳んで押しをかけました。

で今日はいつものように岐阜駅前と瑞穂のカルチャーを終え、
瑞穂の総合センターでお弟子様教えてこれから京都駅です。

帰りに明日のおみやを買いに行きます。

何にしよかな?

これから考えます。

そうそう今週忙しいのは何故か?

金曜日に若師に尾道薪能の演目『花月』を稽古つけてもらいます。

また日曜日にはよその先生の素人会(発表会)のお手伝いで、
『西行桜』のワキツレを謡わなくてはなりません。

その勉強と気分的に余裕がない訳です。

頑張ります!
  


Posted by 吉田 篤史  at 16:32Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月23日

素晴人

素晴人の地図はこちら
今日もバタバタと岐阜向かってます。

昨日もバタバタでした。(笑)

京都観世会館にて舞台を終えて一旦自宅に帰ってきました。

少し汗かいたのと気分転換にシャワーを浴びて、
19:00の待ち合わせまで岐阜に行く用意しようと思っていました。

誰と待ち合わせか?

小学校時代の同級生Y様とY様との3人で、
20年ぶりぐらいですがちょっと遊びに!

19:00まで時間があったのでゆっくり用意していると、
18:05ぐらいにY様から電話!

『18:00待ち合わせ違った?』

うっかり連絡ミスしたと思い19:00やと伝えまた用意しだすと、
今度は18:25に別のY様からメールが!

『18:00待ち合わせ違った?』

あれ?

私が手帳に間違えて時間書いていたようです。(すいません)

ダッシュで東向日駅に行き2人に謝って隣町の桂に向かいました。

桂駅前西側のパチンコ屋の地下に『素晴人』という店があり、
昨年入院した際友達になった子が料理長を勤めているので、
そこへ行きました。

洒落た店の個室で4人で相変わらずのドンチャン騒ぎ!(笑)

楽しい時間を過ごさせてもらいました。

明けて今日これから1週間無茶苦茶な生活です。

頑張るぞ〜!  


Posted by 吉田 篤史  at 10:06Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月21日

京都⇔広島・3

センチュリー21ホテルの地図はこちら
19:00にセンチュリー21ホテルへ!

8月22日の同志社校友会(OB会)総会の打ち合わせです。

また我が儘申して先輩方に甘えて総会のアトラクションにて、
何かさせてくれ!と頼みました。

その打ち合わせで私は講演のつもりでしたが、
祝舞として総会の1番始めに!
という1番理想な形に落ち着きそうな話の展開でした。

それだけでなく未来に市に嘆願して、
広島原爆記念公園にて能楽を!
という夢の話までして下さり、
有り難く楽しい時間過ごさせていただきました。

その後更新しようと思っていたのですが、
さすがに疲れて爆睡してしまったんです。(すいません)

で明けて今日。

自宅に向かっています。

新幹線、エクスプレス予約で1時間以上普通指定席が一杯で、
仕方なく?グリーン車です。(ほんまお父様すいません)

この心地よさ病みつきです。

毎回にしたらどんな雷落とされるか…。

お父様が読まれない事祈ってます。

あ!

皆様もうちの父に会ってもゆわないで下さいね!(お願い)

これから帰ってブログ内を少し修正して今回の御礼状書き。

で5月6日の打ち合わせを父とし、
尾道薪能の演目『花月』の勉強です。

頑張るぞ〜!  


Posted by 吉田 篤史  at 10:48Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月21日

京都⇔広島・2

広島グランドインテリジェントホテルの地図はこちら
その後新尾道から広島へ!

段々と在来線より新幹線利用が増えてきました。

それも自由席ではなく指定席です。

挙げ句にはグリーン車まで…。

エクスプレス予約で安くなる事をいい事に…。

5年前に父にグリーン車や指定席は勿体無いと自由席に変えさせ、
3年前までは青春切符で約5時間かけて広島に行っていたのに…。

お父様相変わらず親不孝で我が儘な息子ですいません。(反省)

そしてJRさん!

エクスプレス予約という有り難いシステム考えてくれてありがとう!

見事にその計略に嵌ってます。

その後宿泊地の広島グランドインテリジェントホテルに、
チェックインしました。

19:30より向かいのホテルの広島センチュリー21ホテルで、
打ち合わせだったので間近にあるという理由で初めて泊まりました。

一言。

ベッドが狭い!

私で足がベッドから出ます。

これではかなりの方が窮屈な思いされます。

まぁビジネスホテルだから贅沢申しませんが…。

これでホテルまでいい所泊まってたらお父上様に何ゆわれるか…。

くわばら、くわばら!

バレんようにもうちょっとだけいいホテル泊まろっと!(ごめん)  


Posted by 吉田 篤史  at 10:47Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月21日

京都⇔広島・1

クレームデラクレームの地図はこちら
すいません、いろいろバタバタして更新できませんでした。

昨日京都で申し合わせ(リハーサル)を終え広島向かいました。

今回のおみやはクレームデラクレーム
(烏丸丸太町下ル)のシュクレです。

このお店はシュークリーム専門店でここ数年前に出来たお店なのに、
洋菓子店として京都でもトップクラスの繁盛ぶりです。

店の外観や商品全て見た目にまでこだわったお店です。

5年前までこの近くの舞台に7年間住んでた事もあり、
たまに使わせていただいております。

まずは尾道です。

尾道薪能前々日と前日に、
能楽を知ってもらう為の催しを瀬戸田と尾道にていたす事になり、
写真家M様と着物の着付けの先生であるT様と打ち合わせです。

5月10日(木)19:30〜瀬戸田で11日(金)14:00〜尾道でいたします。

近々『近々の舞台予定』として更新いたしますので、
尾道・瀬戸田は勿論の事、
お近くの福山・因島の方も是非お越し下さいね!

またその場にてスノーボードパラレル大回転、
トリノオリンピック代表選手である、
T様にお会いさせていただきました。

精神修養の為尾道にいらっしゃるとの事。

是非能楽にも触れて下さいね!  


Posted by 吉田 篤史  at 10:46Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月18日

てんやわんや

昨日から今日にかけていろいろありました。


私はいつも4月半ばに洋服も着物も衣替えします。

それで昨日朝衣替えしようとクローゼットを開けると、
春物の洋服も単の着物もありません。

てんやわんやでしたが結局はクリーニング屋に預けてました。(笑)


また夜パソコン触ってたら殿下が突然泣き出し見てみると、
玩具の金具が頭にめり込んでるではありませんか!

『救急車〜!』

救急車が来て救急隊員に見てもらうと、
玩具に絡まっている髪の毛を切りだされました。

そうすると玩具が取れました。(汗)

ただ単に玩具の金具に髪の毛が大量に絡まっていただけでした。

人騒がせですいません。(反省)


また今日朝起きると首が廻りません。

昨日救急車が来るまで片手に殿下片手に玩具を持って、
動かさないようにしていたせいか、
ただ単に寝違えただけかはわかりませんが、
全くもって首が廻りません。(泣)


その後お弟子様の呉服屋さんがお越しになって、
話の流れからこの冬着ていた袷の着物を見せたら、
羽織も着物も全部洗張りの仕立て直しコースでした。

全部で10点以上!

さて総額いくらになるんやろ〜!(泣)

  


Posted by 吉田 篤史  at 20:49Comments(0)能楽師の毎日

2007年04月17日

尾道薪能の沿革・3


2004年1月、尾道互礼会にて父と私の二人で、
祝舞『羽衣』を装束を着けて行いました。
時の人亀井代議士もお見えでなるほどテレビでお見かけするより、
オーラがあり舞台からでもすぐわかりました。
父の考えに従い後の宴会は欠席しましたが、
この後から父とは別に、
私は私で尾道薪能の為独自に行動するようになりました。

2004年5月6日、尾道市長と教育長などお世話になっている方々に、
初めて今までのお礼と今後のお願いに挨拶に参りました。
特に教育長には学校教育に取り入れて頂くようお願いしました。

2004年5月8日、第13回尾道薪能、演目は『吉野天人』でした。
昨年からの新しい形での演能に興味を抱いて下さったのか、、
観客数は595人でした。

2004年6月、先日の尾道薪能を取材にお越しになり、
それがJR新幹線グリーン車席に1部ずつついている、
『ひととき』という雑誌で薪能特集で巻頭数ページ、
尾道薪能が紹介されました。

2004年5月~、前記の教育長との話より尾道市立久保小学校にて、
総合学習の一環として1ヶ月に1度仕舞と謡を、
ボランティアにて行うようになりました。

2005年3月、久保小学校の発表会が同校体育館で行われました。

2005年5月、引き続き久保小学校の総合学習で、
月1回謡と仕舞の稽古を行いました。

2005年5月、昨年『ひととき』雑誌に掲載された1枚の写真が、
表紙になり『あらすじで読む名作能50』が出版されました。

2005年5月14日、第14回尾道薪能、演目は『清経』でした。
昨年が静かな演目内容だった為か観客数は減少し484人でした。

2006年3月、久保小学校の発表会と、
能楽をご存知ない人の為の講演会を教育委員会主催の下、
テアトル・シェルネで行われました。

2006年5月、尾道ロータリークラブ・因島ロータリークラブ・
如水館中学校にて、能楽講演を行いました。

2006年5月13日、浄土寺再興700年祭特別記念第15回尾道薪能、
演目は『車僧』でした。
前日より雨が降っており、
本来雨天会場の浄土寺研修道場だったのですが、
急遽観客席にテントを張り雨天時もそのままの会場になりました。
始まるまでスタッフ一同てんやわんやでしたが、
運良く演能前に雨も止みお客様方にお足元は悪かったとはゆえ、
大変なご迷惑はかけずに演能できました。
観客数はさる方のご厚意でチラシ・ポスターが、
カラーになったとゆう事もあり607人と増加しました。

2006年8月、能楽の普及活動として広島県教育委員会より、
修学旅行における能楽堂での能楽講演を全県内小学校に提案しました。

2006年9月、尾道市立の久保小・高須小・福山市立鞆小学校にて、
修学旅行に能楽体験コースを取り入れてもらい講演しました。
たくさんの感想文を頂戴してやって良かった!
と心底思いました。

2006年11月2日、第5回尾道・源氏絵まつり特別奉納として、
全ての光源を蝋燭でとる、蝋燭能『源氏供養』を、
浄土寺阿弥陀堂内にて観客数120席限定という形で行いました。
薄暗い中蝋燭の火に灯され能楽が行われ面や装束が生き、
まさしく幽玄という世界が更に増した舞台になりました。

2006年11月28日、能楽普及活動と尾道薪能の功績により、
財団法人ひろしま文化振興財団より、広島文化賞を受賞しました。
関わったスタッフ一同大変名誉で有り難く思っています。

2006年12月、受賞記念の祝賀会を尾道市内の料亭、
『魚信』にて行いました。
市長・教育長やひろしま文化振興財団の理事の方にもご出席賜り、
盛大に行われ尾道薪能の飛躍と文化を次世代に繋いでいく為に、
更なる文化活動を行っていく事をスタッフ一同心に刻みました。

2007年2月21日、尾道市内に本社がある啓文社(本屋)に、
全店舗にて切符取扱いの契約に行きました。

同日、久保小学校の発表会と能楽の講演会を教育委員会主催の下、
テアトル・シェルネにて行いました。

同日、広島市内にて茶ろ夢会に出席し飛び入りで能楽講演しました。

2007年3月5日、広島市内にて『ひろしまきもの遊び』の代表に会ったり、
県・教育委員会・観光協会・ひろしま文化振興財団など挨拶に参りました。

2007年3月6日、尾道東ロータリークラブにて能楽講演いたしました。

2007年3月31日、広島ホームテレビにて尾道薪能が報道されました。

2007年4月11日、中国新聞に尾道薪能がとり上げられました。

2007年5月10日11日、尾道市・瀬戸田・広島市にて、
能楽講演予定です。

また別のテレビ局にて尾道薪能が報道される予定です。

そして5月12日、広島文化賞記念第16回尾道薪能が行われます。
昨年の雨を受け今年は初めからテントを張り、
晴れならば一番後ろのテント2基だけ残して、
テントを外す、という逆の発想で緊急時に備えた形で行います。
昨年の観客数は勿論ですが今年は800席の椅子を用意いたします。
空席ばっかりやったらどないしよう!(笑)

ー終わりー
尾道薪能会場地図はこちら  


Posted by 吉田 篤史  at 20:48Comments(0)尾道薪能

2007年04月17日

尾道薪能の沿革・2

1998年5月16日、おのみち百祭・発見!
ひろしま協賛第7回尾道薪能、演目は『井筒』でした。
朝から雨が降っており、
会場を浄土寺よりベイタウン尾道センターホールの室内に移し、
バタバタの中行われたのですが、
残念乍雨の影響で観客数も大幅に減り、577人でした。

1999年3月、瀬戸内しまなみ海道開通記念イベント前夜祭にて、
尾道駅前特別海上ステージで『羽衣』が演能されました。
船の上のステージでいろいろと大変だったそうですが、
私は師匠家に住み込みの書生に行っていたので参れませんでした。

同年5月15日、瀬戸内海大橋完成記念イベント・
しまなみ海道’99協賛、第8回尾道薪能、演目は『熊野』でした。
今まで会場を基本浄土寺にしていたのですが、
設営費の問題から会場をしまなみ交流館にして行われました。
観客数は591人と前年同様少ない人数でしたが、
設営費がかからない分大幅な黒字集計でした。

2000年5月12日、第9回尾道薪能で、演目は『鵜飼』でした。
会場は元の浄土寺境内特設舞台でしたが、
年々の観客数減少を止められず531人でした。

2001年、5月12日、第10回尾道薪能、演目は『胡蝶』でした。
観客数は643人でした。
今のところ父が尾道薪能でシテ(主役)を勤めた最後の舞台です。

2002年1月1日、私こと吉田篤史が、
師匠家での7年間の住み込み修行を終え、独立しました。

2002年5月18日、第11回尾道薪能、演目は『鐘き』でした。
私にとって一生涯忘れる事のない舞台になりました。
独立してすぐですが、父より譲り受け、
今回より尾道薪能にてシテ(主役)を勤める事になりました。
当日の天気予報は晴れで、たしかにお昼過ぎには晴れ渡る天気でした。
1時間前ぐらいから雲行きが怪しくなり、
開演10分前ぐらい前から雨が降り出しました。
通り雨だろうとそのまま進行しようとしたのですが、
どんどん雨が強くなり、止む気配もありません。
今更雨天場所の尾道駅前『テアトル・シェルネ』に移る事もできません。
父も私も半泣き状態!
苦肉の策で浄土寺の研修道場に場所を移し演能。
お客様も演者もごった返しになり、
多数の皆様に多大な迷惑をかけた舞台となりました。
入場者数は556人で、お客様を含め関係者全ての方、
申し訳ございませんでした。

2003年5月、瀬戸内しまなみ大学・おのみち市民大学公開講座で、
テアトル・シェルネにて父と私が講演いたしました。
解説・能衣装の着付け実演・仕舞体験・実演が主な内容です。

2003年5月17日、第60回尾道みなと祭協賛、
第12回尾道薪能、演目は『放下僧』でした。
昨年の雨がこたえ私自身の考えを押し通し、
今までの特設舞台を組むのを止め、
阿弥陀堂を境内に開け演者は阿弥陀堂にて行い、
お客様は境内に椅子を並べて見ていただく形にしました。
これによりただ浄土寺の境内の中で行われる薪能だったのが、
国宝や重文の建物・ライトにより眩いばかりの光を放つ阿弥陀様、
その中で650年の歴史を誇る世界無形遺産の能楽が行われるという、
私の理想の催しとなりました。
残念乍初めての試みゆえ観客数には反映されず、
昨年の雨のあまりにも多大な影響ゆえ477人でした。  


Posted by 吉田 篤史  at 20:27Comments(0)尾道薪能

2007年04月17日

尾道薪能の沿革・1

尾道薪能の会場はこちら
ずっと書きためていた物がやっとまとまったのでアップします。

かなりの長文ですのでご覚悟を!

1992年1月1日、歴史の街・文化の町・
開港800余年を誇る尾道にあります浄土寺にて、
「尾道足利氏ゆかりの会」より、
1992年8月13日(木)≪旧盆7月15日満月の日≫
尾道市内で文化的事業を行えないかと相談を受け、
能・狂言といった日本古来の伝統芸能を、
広く鑑賞してもらうことを目的として、
尾道薪能実行委員会が発足しました。
また、実行委員会の主なメンバーは、
尾道薪能の主な演者である重要無形文化財能楽(総合指定)
観世流シテ方・吉田潔司に、謡曲・仕舞を習ってられる、
お弟子様方です。

1992年8月13日、第1回尾道薪能、演目は『屋島』でした。
浄土寺境内に、特設舞台を作り、暑い暑い夏に行われました。
入場者数は、993人でした。

1993年5月12日、第2回尾道薪能、演目は『羽衣』でした。
昨年あまりにも暑かったので、2回目より今の月日に移りました。
観客動員数は1061人でした。

1994年5月14日、第3回尾道薪能、演目は『葵上』でした。
演能中に雨が降ってきましたが、強引にそのまま演能しました。
おかげで装束泥だらけ!(泣)
途中で雨が降ったにも関わらず、
観客動員数は今までで最高で1329人でした。

1995年5月13日、SunSunHiroshima21協賛第4回尾道薪能、演目は『田村』でした。
前年度の雨で人数が減少し、観客数は1041人でした。

1996年5月18日、SunSunHiroshima21協賛第5回尾道薪能、
演目は『杜若』でした。
第2回目から4回目まで続いていた観客数1000人を下回り813人となる。
また尾道薪能実行委員会の母体の当家のお弟子様もこの頃より減少しだす。

1997年5月10日、第6回尾道薪能、演目は『巴』でした。
観客数は829人でした。
この頃より毎年1回1回が最後の催しになるのでは、
という危機感の元薪能を行っていました。
  


Posted by 吉田 篤史  at 20:18Comments(0)尾道薪能

2007年04月15日

麒麟園

麒麟園の地図はこちら
今日は妻の叔父叔母また従姉妹夫婦が遊びに来てくれていました。

日頃迷惑ばかりかけているので接待係です。

叔父は右足右手動かない半身不随で、
結婚式の折りも車椅子でお越しだったので心配していたのですが、
今日は杖ついて歩いておられました。

リハビリの成果でだいぶ良くなっておられ少し安心いたしました。

我が家でコーヒーにケーキタイム。

17:00から家近くの『麒麟園』という中華屋へ!

麒麟園は私の子供の頃からあり、
当時は1杯飲み屋という雰囲気だったのですが、
今は洒落たお店になり器も1品1品洒落た器に出てきて、
味も美味しくリーズナブルなので、
お客様が見えた時によく参ります。

かなり油っこく辛いですから人によっては駄目かもしれません。

相変わらずの当家伝来の頼み方で食卓はいっぱい。

次から次に出てまいりお腹もいっぱいになりました。

7ヶ月の殿下も相変わらず外面は最高で、
店ではキャッキャッと愛想振りまくりで、
ここでも吉田家の血やなあ!と感服いたします。

そういや先日私の後援者でもある叔父に言われました。

『嫁の身内を大切にしなさい。
それがまた嫁から返ってくるから!』

奥様、できてました?(笑)  


Posted by 吉田 篤史  at 22:45Comments(0)好きな物・店

2007年04月14日

あらすじで読む名作能50

尾道薪能の沿革を作っていて思いだしたのでアップします。

2004年新幹線のグリーン車席にて配布される、
『ひととき』7月号の特集が薪能特集で、
写真家に記事に記載する写真をお願いされた所、
どうしても生の写真をこれから撮りたい!とおっしゃられ、
日程を調べられると尾道薪能しか催しがなく、
遠路はるばる東京から尾道まで写真を撮りにお越しになりました。

演能中の写真だけではどうしてもカバーしきれないとの事から、
演能前にお撮りになられたい写真を何カットか撮られました。

編集者の方もお気にめしたようで、
雑誌の巻頭より8ページにも写真をお使い下さるだけでなく、
尾道薪能の事や私の事まで記事にして下さいました。

またそれから数ヶ月後連絡があり、
世界文化社出版の『あらすじで読む名作能50』
という本が出版されるにあたり写真を自分が担当するのだが、
先日の写真を使いたい!とおっしゃいました。

私は能を舞っている写真が沢山使ってある本を想像し、
勿論喜んでお受けし2005年5月に出版された本を見ると、
私の横顔1面が表紙で驚きました。

私の1番の宝物です。

本当にありがとうございます。  


Posted by 吉田 篤史  at 15:16Comments(2)新聞・雑誌等の掲載記事

2007年04月13日

6ヶ月検診

今日は朝から病院です。

昨年10月に突然の腹痛と背部痛により救急車で運ばれ入院。

胆石という診断。

胆嚢炎であるという事から腹孔鏡手術がすぐにできず、
絶食2週間入院後一旦退院。

収まった頃を待って再度入院。

そして手術でしたが胆嚢炎は収まっておらず腫瘍まで見つかり、
2〜3時間と聞いていたのに終わってみれば5時間以上の手術。

手術後1週間で退院と聞いていたのに10日以上の入院。

結局救急車で運ばれてから丸1ヶ月の病人生活でした。

あれから3ヶ月後に定期検診があり今日は6ヶ月検診で、
桂病院までマイハニー号(MTB)にて参りました。

久しぶりのサイクリングで風を感じ景色を眺めて堪能しました。

総合病院の待ち時間は長いです。

診察予約なんて全然意味ありません。

採血で待たされ結果で待たされ診察で待たされます。

やっと診察でしたが私の診察時間は2〜3分。

前回と同じ多血症。

問診の中よく考えたら昨日バタバタしていて、
昨日の朝からご飯食べておらず先生に突っ込まれました。

すいません。

素晴らしく良き先生ですので頭上がりません。

集中治療室で禁断症状で暴れた私を逃がしてもくれました。

本当に有り難い優しい先生です。

ありがとうございます。  


Posted by 吉田 篤史  at 18:09Comments(0)病気