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2007年06月27日

能楽の歴史1

前に『能楽の始まり』について書きましたが、
この頃の能楽がどう大成していったのか、
ちょっとずつ書いていきたいと思います。


1333年鎌倉時代の終わった年に清次(観阿弥)が、
山田猿楽美濃大夫(家元にあたる)の養子の三男として誕生します。

兄は宝生大夫と生市。

猿楽とは平安時代より流行した芸能で申楽とも書き、
元々物真似や曲芸などの芸能の総称でした。

そして猿楽の人気が高まるなか一座を構えるようになり、
社寺の庇護を得て祭礼などにて芸を披露するようなります。

そこからその社寺の由来や神仏の大切さを伝える為に、
寸劇として発展したのが猿楽の能ができました。

また楽とは簡単にいうと楽器を使う芸能の事をいいます。

観阿弥も始めは翁を行う春日若宮関係の団体として、
結崎座という座を構えました。

そして1368年に観阿弥が新しい音曲を謡った事により、
一世を風靡します。

いろいろな社寺で猿楽能を行うようになり、
1375年今熊野にて猿楽能を興行したおりに、
時の将軍義満公が見物され絶大な後援者となられます。

義満公18才、観阿弥の息子元清(世阿弥)11才の時でした。

これにより猿楽の能は急速に発展していきます。


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Posted by 吉田 篤史  at 00:48 │Comments(0)能楽の話

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