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2014年05月25日

尾道薪能②

お待たせしました、村上アーカイブスから届いた写真、まずはサイドよりの写真です。

そうそう、前回の記事の時に書き忘れた話が!

うちの家の装束の話。

祖父が謡方として能楽師になった我が家では、祖父が作ってくれた装束は、たった1つしかありません。

その1両と、今年亡くなった祖母の作ってくれた装束1両は、我が家の家宝中の家宝、
二度と作れないであろう至宝と思っている唐織ですが、あとは父がコツコツコツコツ作ってくれました。

独立しプロになった時に作ってくれた、赤頭と、紅白の段の厚板!

ここから始まり、私が生まれ、一つ一つ、今と違い時代は良かったとはいえ、
他に使えたであろうお金を、自分の事にではなく、未来の為に、
あんなにワガママばっかりゆってた息子を育てつつ、黙って、作ってくれました。

勿論、まだまだ全然、装束や面など、揃っているとゆうには恥ずかしい程度だけれども、
それでも、今回の鞍馬天狗では、前シテの山伏姿、後シテの天狗姿、羽団扇以外は、我が家のです。

そして、今回も、また新しく作ってくれました。

うちのお弟子様に、和裁士さんが2人いらっしゃいます。

まだ30才以下のお弟子様2人。

その2人に仕立てをお願いし、1人には一番左端長男和史の着ている装束と、右から4番目の甥っ子の着附を!

もう1人には、我が家に元々1つしかなかったので、もう1つ子方の胴着(装束の下に着込む綿入り)と、
急遽一週間前に、母の唐織帯をほどいて作ってもらった着附、右から3番目の次男学史が着た、
紅白の着附を、作ってもらいました。

また、和が大きくなり、4年前初舞台の時に作った稚児袴がはけなくなったので、
それを学にはかせ、和には新調した稚児袴をはかせました。

子方の中啓(扇)も、1つ新調しました。

父親に、感謝です。

実家に行き、装束部屋に入り、装束の棚の前に立つたびに、父のおかげ、
それを許してくれた母のおかげ、両親にいつも感謝しています。

この尾道薪能にしても、そう!

祖父がいなければ、そもそも尾道に縁はなかったでしょうし、
父がいなければ、催しはできていないし、今まで続いてこなかったでしょう!

あと20年弱、子供達が大きくなるまで、私がバトンを繋げていけるか、
父の作ってくれた棚を更に増やしていけるか、できる限り、頑張りたいと思います。

あっ、追伸的に!

7/6の花の能の時に、新しく着附を新調する予定です。
(たんちゃん、宜しく頼みまっせー!)

お客様には普段お伝えする事のない、私のつまらない思い入れな話でした。。。。。










































































































































追伸、次は、正面カメラからの写真です。

暫し、お待ちを!笑


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Posted by 吉田 篤史  at 22:58 │Comments(0)尾道薪能

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