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2007年04月17日

尾道薪能の沿革・1

尾道薪能の会場はこちら
ずっと書きためていた物がやっとまとまったのでアップします。

かなりの長文ですのでご覚悟を!

1992年1月1日、歴史の街・文化の町・
開港800余年を誇る尾道にあります浄土寺にて、
「尾道足利氏ゆかりの会」より、
1992年8月13日(木)≪旧盆7月15日満月の日≫
尾道市内で文化的事業を行えないかと相談を受け、
能・狂言といった日本古来の伝統芸能を、
広く鑑賞してもらうことを目的として、
尾道薪能実行委員会が発足しました。
また、実行委員会の主なメンバーは、
尾道薪能の主な演者である重要無形文化財能楽(総合指定)
観世流シテ方・吉田潔司に、謡曲・仕舞を習ってられる、
お弟子様方です。

1992年8月13日、第1回尾道薪能、演目は『屋島』でした。
浄土寺境内に、特設舞台を作り、暑い暑い夏に行われました。
入場者数は、993人でした。

1993年5月12日、第2回尾道薪能、演目は『羽衣』でした。
昨年あまりにも暑かったので、2回目より今の月日に移りました。
観客動員数は1061人でした。

1994年5月14日、第3回尾道薪能、演目は『葵上』でした。
演能中に雨が降ってきましたが、強引にそのまま演能しました。
おかげで装束泥だらけ!(泣)
途中で雨が降ったにも関わらず、
観客動員数は今までで最高で1329人でした。

1995年5月13日、SunSunHiroshima21協賛第4回尾道薪能、演目は『田村』でした。
前年度の雨で人数が減少し、観客数は1041人でした。

1996年5月18日、SunSunHiroshima21協賛第5回尾道薪能、
演目は『杜若』でした。
第2回目から4回目まで続いていた観客数1000人を下回り813人となる。
また尾道薪能実行委員会の母体の当家のお弟子様もこの頃より減少しだす。

1997年5月10日、第6回尾道薪能、演目は『巴』でした。
観客数は829人でした。
この頃より毎年1回1回が最後の催しになるのでは、
という危機感の元薪能を行っていました。


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Posted by 吉田 篤史  at 20:18 │Comments(0)尾道薪能

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